病院から戻った数日後に、姉はひとり暮らしの部屋でひっそりと死んだ。
近くに携帯電話はあったが、助けを求めることも出来ないまま急に息絶えたようだ。

動かなくなった姉の傍らで、携帯電話だけが一定の間隔で光を放っていた。


姉の携帯電話を光らせていたのは、姉から連絡がないことを心配するあの男からのたくさんのメイルだった。

「姉が亡くなりました」
この一文と自分は弟である旨を添えて、姉の携帯電話からメイルを送った。
そんなに心配するのならばなぜ様子を見に来なかったのか書いてやるつもりだったが、その一文で精いっぱいだった。


私はその男に一度会ったことがある。姉の入院先の病院でだ。
オフィスから駆け付けたという高級スーツを身にまとった男。
自分とは別な世界の人間のようだ。身に着けているものや見舞いに持ってきた花束から、かなり裕福な人物であることが容易に想像できた。
姉は彼から金銭的に助けてもらっているという。姉は言いにくそうに言葉を濁したが、妻子があるようだ。

長患いの体の弱い女を囲う男。
その関係性と思考が私にはまったく理解できなかったが、自分には負担が大きすぎる姉の医療費を面倒見てくれることは情けない話だが助かったし、第一、そんな関係でも、姉は幸せなのだ。
数か月前に久しぶりに会ったとき、明るく元気な印象で何か良いことがあったのだろうかと思っていたが、その理由が分かった。

姉は幸薄い暮らしをしていると思っていた。
結婚とともに潜んでいた持病が発症し、それが原因で離婚した。そのあとは貧しくさみしい暮らしをしているものと思っていたのだ。


姉の死を知らせるメイルを送った数時間後、迷惑でなければ会ってお話を伺いたいという返信を受け、翌日、姉の遺品を手に会いに行った。

私が手渡した姉の遺品を胸にあて、男は泣いた。
彼は、何か姉が生きた証のようなものを残してやりたいと言った。

姉は幸せだった。